これはもしかしたら誰かの陰謀で店に送り込まれた産業スパイか新手の詐欺なのかもしれない。いったいなぜ…。ここ数日の私はバッグを作りながらも頭の中では色々な雑念ばかりが頭の中をよぎってしまうのでした。
ある日の夕方、一本の電話が鳴りそのお客様は慣れた口調で「今からお店に行きます」と。
少しして現れたその方は電話の主で初めてご来店の様子でした。紙袋のような革袋がお目当てだったのでしょうか少しお話したあとにリュックサックタイプにしたいとのご希望でセミオーダーでお受けしようかと思ったのです。
形状や仕様について参考になればとたまたま自分用に使っていたヌメ革のバックパックをお見せしたのです。
すると彼は「まさにこれです!探していたのはこれです!これを譲ってください!今これしか持っていなくて…」と慌てて財布をを出しながら言いました。あまりの勢いに押され気味になってしまったのですが使用感のあるこのバックパックを譲るわけにはいかないし…。
彼がセールスマンならイチコロです。彼がテレビショッピングの人なら大人買いしているところです。その巧みな口調に気を良くしてしまった私は新しくお作りしますよと思わず言ってしまったのです。
そんなにダイレクトに褒められることに慣れていない私はちょっと浮足立っていたかもしれません。私は完全に乗せられてしまったのです。
それでも彼は私の使っているクタッとしたバックパックを名残惜しそうに見ながら少しだけ残念そうに同じものを作ることを了承してくれました。なんだかキツネにつままれたような変な気分でした。
このバックパックはサンプルとして試したい革を使ってみたくて開口部分を巻きタイプにしてザックリ感のあるシンプルなイメージで作ってみました。使ってみるとわかることってあって普段使いするにはちょっとだけ大きめでした。1泊や海外へ行く時の手荷物用にはものすごく重宝なバックパックです。
以前、知り合いからも同じものが欲しいと言われていたことを思い出しまとめて作ってみることにしたのです。
うん。勢いって大事ですね。
豚革なので背中面の通気性もほどよくジワジワとエイジングも楽しめる素材です。
完成したそのバックパックを見ながらふと思うのでした。渡したくないかもと。ですが完成したことを連絡すると思ったよりも早くご来店くださったのです。
とても喜んで受け取ってくださったのですが「やっぱりミトさんのそのリュックのほうがいい」と。
嬉しいような何とも言えない複雑な気分なのでした。彼はスパイでも詐欺師でもなく作り手魂に火をつけるという素敵なサプライズをしてくれたのでした。
結果として喜んでもらえるならそれでいいしそれがいい。それをモットーにこれからも革の良さが活かせる物づくりをしていきたいものです。